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No.824 ≪革命と維新≫-2014.7.9 プリント メール
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2014/07/09 Wednesday 14:20:54 JST

No.824 ≪革命と維新≫-2014.7.9 目加田博史

 

50年に一度の強大台風8号が猛威をふるっている那覇市内でこのメールを書いています。明日、お送りする頃には落ち着いていると思いますが、昨夜からスマホに警報が立て続けに入り、避難勧告も何度も発令されています。沖縄だけでなく、日本全国で暴風雨の影響があるようですので、皆さまの無事を祈っております。くれぐれも用心してください。被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。

先週のフランス旅行の続編です。みなさん御存じのように、フランスは革命によって王政から共和制に変わりました。最後のフランス王政時代のブルボン朝ルイ14世、15世、16世は戦争に明け暮れ、アメリカの独立戦争を援助し、豪奢な建築物や芸術に金を注ぎ、財政を悪化させていました。当時、5億ルーブルの歳入に対して歳出は45億ルーブルと財政赤字はひどい状態でした。平民はこれ以上ないというぐらいの税金支払を余儀なくされていたにもかかわらず、浪費体質は変わらず、第3身分であった平民は窮乏生活を強いられていました。この蓄積された不満は革命という形で爆発し、王政は崩壊し、その富と権力の象徴であった王族、中でも有名なルイ16世とマリ―アントワネットは相次いでギロチンで公開処刑されました。誇り高きマリーアントワネットが肥料車に乗せられ市中引き回しの上、ギロチン台で処刑された広場は2万人の群衆で埋め尽くされたそうです。

その後も不安定な政情の中で、権力を握った政権が敵対者を次々とギロチン台に送り、反対勢力が政権を握るとその報復として旧政権にいた人々をギロチン台に送り、ナポレオンが帝政をしくまで続きました。そのナポレオンも最後は処刑され、ブルボン王朝が王政復古した時はさらに残虐な粛清が待っており、ナポレオン帝政と権力の盛衰を繰り返し、第3共和制が誕生するまで安定はしなかったのです。その後のナチスドイツの台頭により政権基盤が不安定なフランスはドイツの支配下にはいり、ドイツが衰退する時に出現したドゴールが政権を取るまで不安定な状況が続くことになったのです。

近代化に不可欠の人権や民法の概念、「自由、平等、博愛」という理念はフランス革命によって実現したのですが、やはり革命やクーデターには多くの尊い血が流され続けます。
一方、日本は幕府政治から明治政府に変わる過程で、「革命」という形を取らずに「維新」という形で政変が起きました。鳥羽伏見の戦いや会津決戦では多くの血が流れましたが、権力の象徴であった江戸城は西郷隆盛と勝海舟との間で話し合いがつき、無血開城を実現し、江戸の町は戦火からまぬがれました。版籍奉還も今の兵庫県姫路市にあった小藩の姫路藩が自主的に明治新政府に返還したのをみてみて、薩摩、長州、土佐の大藩がそれを見習って返還したことから、全国の諸藩が右に倣えしたということで実現しています。将軍家をはじめとした幕府の要人は貴族という形で明治政府で一定の地位を与えられ現在に至っています。欧州大陸や中国大陸で起きた凄惨な革命となんという違いでしょうか。

革命という言葉は、「易経」の「革」が出所で、英語ではRevolutionと訳されています。維新という言葉は、「詩経」の「大雅」が出所で、英語ではRestration(復古・再興)と訳されています。 安岡正篤氏はEvolution(進化)と訳されています。
革命やクーデターが起きると、全ての利害関係者が敵対関係になり、信頼関係が一気に不安定化し、流動化します。誰もが信じられなくなり、先行きが不透明になります。政権側にいても旧政権側にいても立場は不安定で、いつ粛清の対象になるかはわかりません。このような歴史を持たない日本に生まれて良かったなとつくづく思います。日本の良さをさらに進化させ、世界の範となるように日常の行動をしてゆきたいと切に願った旅行でした。 

 
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