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No.381【「人はコストではなく資源だ」】-2005.11.16
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2014/05/14 Wednesday 09:51:24 JST

No.816 ≪交渉者のモデル「小栗上野介」≫-2014.5.14 目加田博史

 

幕末の天才エリート官僚の小栗上野介(おぐりこうずけのすけ)は、1860年2月に日米修好通商条約の批准書を交換するためにアメリカからさし回された軍艦ポーハタン号で77名の武士で編成された幕府使節団のお目付役として渡米し、ワシントンに向かいました。その時に随伴したのが江戸幕府が威信をかけて造船した咸臨丸です。ワシントンで条約の批准書交換を終えた小栗上野介はフィラデルフィア造幣局の長官ジェームズ・スノーデンを訪問し、不平等条約に異議を唱えました。

日米修好通商条約の締結に先立ち、日米が貿易を始めるにあたって通貨交換条件を定めた9カ条からなる日米約定(通称下田条約)を下田奉行 井上清直と総領事ハリスとの間で締結しました。
条約は日米通貨は同じ重量で、金貨は金貨、銀貨は銀貨、銅貨は銅貨で交換することになっていました。当時はメキシコ銀貨が一般的だったので銀貨の交換が中心となりました。メキシコ銀貨1枚は日本の1分銀3枚と交換され、1分銀5枚で一両小判1枚と交換されたのです。日本の金貨(一両小判)3両はアメリカ金貨4ドルと交換されました。つまり、一両小判は1.33枚の金貨と同等としたわけです。

その結果アメリカの両替商は大挙して日本にやってきて、大量の金がアメリカに送られてしまいました。彼らはメキシコ銀貨を1分銀に交換し、それをさらに小判(金)に両替し、本国で金貨に変えて大もうけをしたのです。なぜ大もうけできたかというと、金銀交換比率が日米で異なったからです。欧米では金1=銀15だったのに対して日本では金1=銀5だったので、この時点で3倍の差が出てきます。

さらに、日米の金貨に含まれる純金比率の問題がありました。日本の一両小判の純金は5.14g、アメリカの金貨に含まれる純金は2.08g。3両=4金貨ですので、3両(5.14g×3=15.42g)と金貨4枚(2.08g×4=8.32g)では純金重量で約倍の違いが出てきます。さらに、通貨に含まれる金以外の不純物の中身も問題で、日本の一両小判の純金比率は約57%、残り43%は銀でしたが、アメリカ金貨は殆ど銅でできていましたから、日本の一両小判は3.57ドルの価値があることを証明して見せたのです。下田条約では一両小判はアメリカの1.33ドルと等価のはずが実際には3.57ドルの価値があり、日本は2.68倍損をしていることと認めさせたのです。

ジェームズ・スノーデン長官も論理的な小栗上野介の実験とプレゼンに対して、同意せざるを得ませんでした。アメリカが日本に対していかに不平等な条約を締結していたかを白日の下にさらしたのです。しかし、小栗上野介はこの証明をワシントンに持ちかえり条約を修正する行動は取りませんでした。なぜなら、小栗上野介の渡米中に一両小判の金含有率を1/3に減じる増価令を発布して、旧小判を新小判に交換させて、市場には新小判だけが流通するようにしたからです。それによりアメリカの両替商はうまみがなくなり、帰国してしまいました。アメリカでの小栗上野介の実験と国内での増価令。幕末の武士の中にも先進国アメリカのエリートと渡り合って一歩も引くことなく、理路整然と交渉を勝ち取っていた人達がいたのです。

このアメリカ視察により、小栗上野介は日本の近代化の必要性を痛感して、帰国するや様々な改革を幕府首脳に提案し、そのことごとくが承認され実行に移されました。日本初のフランス語学校を開設し、技術者養成学校を併設した造船所を建設し、造船に必要な鉄を作る横浜製鉄所を相次いで建設した。また、築地ホテルの建設を依頼した大工がのちの清水建設を創業しています。セメントは浅野セメントの創業につながり、日本のインフラ近代化に必要な設備はすべて小栗上野介の上申で実現しました。郵便制度を導入したのも、鉄道建設計画を具体化したのも、初めての紙幣を発行したのも、パリ万博に渋沢栄一を派遣したのもすべて小栗上野介が絡んでいます。

しかし、幕府に徹底抗戦を主張した結果、罷免され、故郷で静かに暮らしていたところを新政府軍にとらえられ、いち早く処刑されてしまいました。
のちに大隈重信は「小栗上野介は謀殺される運命にあった。なぜなら、明治政府の改革は小栗上野介の近代化の模倣にすぎないからだ」と語ったといわれます。

最終更新日 ( 2014/05/14 Wednesday 09:59:57 JST )
 
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