2009/08/05 Wednesday 10:26:16 JST |
No.571 ≪ぶれない経営≫-2009.8.5
今から40年以上前、私がまだ高校生のころ、勉強が思うようにはかどらず、成績が低迷していた時期があった。大学受験を控えて、限られた時間を有効に使わなければならないのに、それがはかどらないのだから焦っていた。もしかして、自分の勉強の仕方が間違っているのかもしれない。使っている参考書や問題集が良くないのかもしれない。 成績の良い友人に聞くと、「参考書はこれがいいよ」と見せてくれた。自分の使っているものと違うではないか。やはり、参考書がまずかったんだ。 母親に無理を言って、新しい参考書を買ってもらった。さっそく、勉強に取り組んだ。何となく、新しい参考書のほうが頭に入り、身についていくような気がする。 そうだ、これが問題だったんだ。早く気がついて良かった。もっと早く、彼に聞いておけばよかったと思いつつ、勉強に励んだ。しばらくすると、勉強が滞りだした。 問題が解けない。参考書のページが進まない。書いてあることが分かりづらい。何かおかしい。成績の良い別の友人に聞くと「僕はこれが一番良いと思うけどね」と言って見せてくれたのは、びっしりと赤ペンが引かれ、付箋がついて、手あかで色が変わっている、見るからに頭がよくなりそうな参考書だ。 「すごい。これだ。これさえあれば、成績が良くなるんだ」と思って、また、母親に頼みこんで新しい参考書を買ってもらった。 決して裕福ではない家計の中でやりくりしてくれているのはわかっているのだが、僕の将来がかかっているだと自己中心的なのもはなはだしい勘違いをして、頼み込んだものだ。結局、参考書の問題ではなく、どこに何が書いてあるかすぐにわかるぐらいに一つのことに集中してやりぬく、わからなければわかるまで取り組み、それでもわからなければ丸暗記して、そっくり丸暗記してでもわかる努力が必要だというシンプルな原理がわかったのは、高校を卒業してからだった。 上手くゆかないのは、道具である参考書や先生の教え方で、自分のせいではないと思っていた。まさに原因他人論の典型である。原因が自分にあるとは思いたくもなかったし、実際人一倍努力していると信じていた。しかし、その努力は自分勝手なもので、壁にぶつかるといつも迷い、他人のものがよく見えてそれを手にいれたくなり、手に入れると安心して一からやる。当然、同じところを何度もやるのだから、よくわかって当たり前なのである。しかし、どの参考書も50ページ以上は真っ白だったのである。 壁にぶつかると、乗り越えるのではなく、できない理由を探していただけ何のだから、なんともお粗末な話である。ぶれないためには、この道しかない、自分にも、道具にも、やり方にも自信を持って極めて極めて極めつくすことが一番大事なのである。ぶれない経営とは、家族と働く仲間と応援してくれる取引先を大事にし、この力を結集して、お客様のお役にたつことである。それも、自分たちが求めるお客様に絞り込んで、徹底的に、これでもかこれでもかと突き進んでゆく経営のことである。迷うなとは言わない。大いに迷えばよい。しかし、判断基準はぶれてはいけない。 No.571 ぶれない経営-2009.8.5.pdf |
最終更新日 ( 2011/09/22 Thursday 14:29:30 JST )
|