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2007/03/07 Wednesday 10:36:47 JST
No.447【テクノロジーの進歩と「心の成長」は反比例】-2007.3.7

 

今の時代は、コンピュータに代表されるデジタル技術は不可欠のテクノロジーであり、これらの技術なしでは一日も生活できないぐらいに社会の隅々に浸透しています。特にコミュニケーションの分野におけるテクノロジーの進歩は日進月歩、秒針分歩で目覚しく変化している。

ばら色だったはず・・・

携帯電話やインターネットの技術により、世界のどこにいても、連絡を取りたい相手と瞬時に接続され、コミュニケーションがタイムリーに取れるようになった。しかも、携帯TV電話を使えば臨場感もあり、メールでテキストデータをおくれば具体的である。場合によってはパソコンで作成したビジネス文書やプレゼンコンテンツを確認することも簡単にできる。
メールの発達は「1億総作家時代」(少し古い表現だが)を創造した。皆が気持ちを文章やイラストで表現するようになったのである。
会話しなくても意思疎通ができるようになるなんてすばらしいではないか。
会社で隣席に座っている同僚ともコミュニケーションはLAN、グループウェア、チャット、社内SNS、携帯メールとさまざまな方法が使えるので、わざわざ面と向かって話さなくてもすむようになったし、しかも、○年○月○日○時○分○秒に何を言ったかが記録として残るので言った言わないという不毛なトラブルがなくなる。人々は今までのようなわずらわしい人間関係やイライラから解放されて平和な心で自分の仕事をマイペースでバリバリできるようになったのである。めでたし、めでたし。

現実は・・・
と、ならないのはなぜなのだろうか。この15年間で、パソコンが身近になり、インターネットが日常生活に浸透し、携帯電話は1億台を突破した。TVでは世界中のニュースがリアルタイムで入手できて、文字放送も充実している。TV電話やTV会議は安価でスピーディに利用でき、画像品質も飛躍的に進歩している。情報量は数十倍以上に増えている。
しかし、周囲を見渡すと、職場は殺伐として、人間関係もギスギスしてゆとりが感じられない。文字や画像やデータの処理に追われ、時間がいくら有ってもたりない。ペーパーレスになるはずが紙の洪水のように毎日沢山のコピーが吐き出される。忘れると困るのでファイルする。もしものために・・・。しかし、この書類が再度読まれることはどの程度のあるのだろうか。なんで?こんなことが起きるのか。

現象1)相手のことを考えない
固定電話の時は、「○○さん、いらっしゃいますか」と呼び出してもらった。用事があるから電話するのだから、話をする目的はある程度明確である。
相手も、今は話したくないと思えば、居留守も使えた。用件が無くて時間つぶしで掛けることはあっただろうが、それほど頻繁ではない。
しかし、携帯電話になってから、いつでもどこでも電話できるし、電話に出なくても受信履歴が残るので知らなかったともいえない。
気になるので掛けてみると他愛のない話で、わざわざ電話を掛けて話すほどの緊急性もない。
町で携帯電話を掛けている人の声を聴いていると(盗聴では有りません。勝手に聞こえてくるのです。誤解のないように、念のため)「いまどこ?」「何してる?」「じゃあね」という類の電話がなんと多いことか。わざわざ電車の中から掛けるほどのことでもあるまいに、と思うのは年のせいだろうか。
緊急性のある電話も、どうでも良い電話も同じレベルでかかってくるのだから、相手は大変である。
テクノロジーは「自分中心」「半径50cm以内のことしか気づかないド近眼人間」を作ってしまった。

現象2)深く考えない
以前はわからない単語や言葉に出会うと、辞書をひいて調べる。重要なものはノートに書き写しておく。
今は、インターネットや携帯電話で調べる。そうすると、無数にコンテンツが掲載されているので、面白いものはコピーしてパソコンに保存しておく。
日ごろから文字を書かないと文字を忘れてゆくし、汚くなる。インターネットで見るだけでは脳を刺激しないので想像力が働かない。シナプスに電流が流れないと脳は成長しないので、どうしても表面的なものの見方になってしまう。
コミュニケーションツールとしての言葉と文字が分離しだした。言葉と文字は一体で意味を成していたが、話し言葉とテキスト文字が分離しだした印象がある。TVの影響が大きいかも知れないが、とんでもない読み方をする、例えば、「沢庵」を「さわまん」と読んだアイドルが天然系でかわいいといわれ、勉強しなくても評価されると勘違いしている人が増えているようにも思う。
京都の地名で「太秦」というところがある。これは「うずまさ」と読む。この字が読めないのはやむをえない。しかし、沢庵は読めなくては困る。
これは古典や名書を読まないからだろう。

現象3)工夫しない
私はいつも、「もし、海外で携帯電話が使えなくなったらどうするか。パソコンが故障したらどうするか」
「もし、講演の時に、プロジェクターが写らなかったら、パソコンが使えなかったらどうするか」と考えて準備し、行動するようにしている。
海外で携帯電話を使えない場合に備えて、必要な電話番号を手帳に書いておき、電話用のコインを持っておくこと。簡単な地図もかばんに入れておく。
講演会でプロジェクターを使えなくなったときのために、ホワイトボードの準備とレジメ一式を手持ちしておく。そして、時間調整用の話題を数点手帳に書いておくことも重要なことである。
TPOに応じて最善の対処ができるように工夫する訓練を日ごろからしておくこと。
この工夫が出来ない人が増えている。

テクノロジーと心が反比例する原因
大胆な仮説をお許しいただけるなら、人類の歴史が始まって数万年たつが、依然として争い事は絶えないし、対立は消えない。テクノロジーは永遠に進歩を続けるが、80年しか生きれない人間はそうはいかない。常にまっさらな状態で誕生し、人類の英知である歴史に学んで成長してゆくしかないのである。歴史は人と人が織り成す壮大なドラマであるから、自らが主役として多くの人と関係を持つことによって初めて意味をなしてくる。歴史から学ぶには書物を読むことがもっとも効率的である。学んだ知恵を現実の社会、つまり人間関係の中で試してゆくプロセスで学習し成長することになる。
ところが、社会での実践がテクノロジーに依存していたならどうなるかといえば、「心が弱くなる」のである。
1998年から自殺者数が史上初めて3万人台を突破した。この時期はPC普及率が30%を突破し、インターネット普及率が10%を突破し、携帯電話普及率が50%を突破し、その後の急成長はご存知の通りである。
従って、テクノロジーと経済が高度に発達した現代こそ、アナログ的な人間関係の重要性が増してくるのである。
オンラインミーティングからオフラインへ
パソコンから紙へ
メールから会話へ
シフトしようでありませんか。

 
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