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No.381【「人はコストではなく資源だ」】-2005.11.16
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No.344【人を変えるノウハウ】-2005.2.23 プリント メール
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2006/07/04 Tuesday 11:10:54 JST
No.344【人を変えるノウハウ】-2005.2.23

 

1995年ごろ、全国的に中学校が荒れ、学級崩壊という言葉がたびたびマスコミに取り上げられていました。中学生による殺人事件が多発した年でもあり、今まで安全だと信じてきた学校が危険な場所に変わるきっかけになったのもこのころです。
長男が通う沖縄の中学校もごたぶんにもれず、「
7人組」などといって、7人の乱暴な子供たちによって混乱していました。
「学校はたった7人の生徒すら管理できないのですか。しっかりしてくださいよ」
「それで教育者が務まるのですか」
と親は初め学校を非難するだけでしたが、先生が生徒指導に熱心なあまり、体罰を加えてしまうと
「生徒にも人権があり、暴力で子供を管理するのは横暴だ。教育の専門家ならもっと勉強するべきだ」と今度は先生を批判します。

そのころ、PTAの有志が中心になって「親父の会」が発足し、
「子供は夜になったら家に帰って勉強すべきだ」
「朝、登校したら、『おはよう』と挨拶せよ」
と口すっぱく理屈をこねて学校に責任を押し付けても何の解決にもならないので、自分の子供たちが安心して学校生活を楽しく送れるようにしようと行動をはじめたのです。

そこで、親父の会がやったことは、夜の7時から10時まで、深夜徘徊していそうな場所を選んで子供たちに声をかける運動を始めたのです。子供に変われという前に親が進んで変わろう、関わろうとしたのです。
私もできる限り仕事をやりくりして参加しました。
2クラス合同で夜回りを行うので70人いるはずの親が12人、市の防犯委員2人、担任と校長、教頭先生の4名を含めてたったの18人という現実に愕然としました。
さっそく手分けして2ルートにわかれて、懐中電灯を持って出かけました。
子供は皆、生まれたときは純真無垢な天使なのです。親が子供に無関心なことから問題児になってゆくのです。子供を変えるには親が変わらなければならないのです。
最初は「うるさいおっさん」と反発していた子供たちも次第に声かけに反応するようになり、露骨な反発は影を潜めました。
夜回りだけでは、いたちごっこで十分な効果を上げることはできませんでしたので、議論の末、朝の挨拶運動を展開することになりました。
子供たちが登校するころを見計らって、校門や校舎入り口に立ち、子供たちに声をかけるのです。
授業が始まってからも遅刻する子供たちのために、廊下を巡回して教室を見回るようにしました。

朝の挨拶運動では父親の姿はさすがに少なく母親が目立ちました。
7:30に集合して、校門、靴脱ぎ場に別れて数人でチームを組んで、子供たち一人一人の目を見て「おはよう」と声をかけてゆきました。
最初は目をそらして、わざと悪態をつく子供もいましたが、日を重ねるに従って、子供たちは目を見て挨拶するようになりました。
そのときは本当にうれしくて涙が出ました。
半年ほど活動を続けて、学校が落ち着きを取り戻し始めましたが、よい習慣は続けようと、今も継続して活動しているとのことです。
親父の会のOBのネットワークも広がり、地域社会全体で学校と子供たちを見守っています。
人を変えるノウハウとは自分が変わることなのです。

トップと上司をコントロールするノウハウ

仕事をする上で、トップと上司に使われている人と使っている人がいます。仕事のできる人はトップと上司をコントロールするノウハウを身に着けています。
このときにも、やはり人を変えるノウハウが生きています。以前勤務していた職場での出来事です。
女性社員が出産するときに、持病が悪化し、入院せざるをえなくなりました。当初は30日の有給休暇で何とかなるだろうと軽く思っていましたが、結果は 18ヶ月という長期休職になってしまいました。
彼女の勤務年数では、最長6ヶ月が限度でしたが、特例として大目に見てもらい、12ヶ月まで延長していただきました。しかし、さすがに、1年たったころから役員会の前になると地区担当役員から決まって詰問されました。
「彼女はいつから出社するんだ。もう1年以上休職しているんだぞ。就業規則では6ヶ月のところを特別に1年間まで延長してもらったんだ。一旦、退職してもらったらどうだ」
しかし、有能なスタッフで仕事にも会社にも誠実で人柄も良かったので、なんとか特例延長を認めてもらおうと実力取締役である担当役員に掛け合いました。当然、良い結果はもらえません。あきらめずに何度も掛け合い、最後は「すべての責任は私がとります」と宣言して取締役を怒らせてしまいましたが、「勝手にせい」と許可してくれました。
私が無難な立場で、就業規則等の原則論を展開している間は、前例を作りたくない上司としては、なかなかOKしてくれませんでした。しかし、一旦、やめる覚悟で腹を決めて交渉に取り掛かると、絶対に無理だろうと思っていた堅物の前例主義の実力取締役がOKしてくれたのです。

病院に女性社員を見舞い、役員会でOKしてもらったので安心して治療に励むように伝えました。彼女もほっと安心したようです。
休職期間が終わって、やがて復職しようとしていた矢先、出産した子供が重病にかかり、復職できない旨を報告してきました。
しかも、期限は分からないというのです。6ヶ月でうまく行くかもしれないし、3年かかるかもしれないというのです。
当時は育児休業法も施行されていませんでしたから方法としては特例を認めていただくしかありません。
しかし、このときはさすがに役員会に掛け合うことも難しかったので、「すべての責任は自分がとる」といった手前、女性社員には
「期限のない休暇を認めてもらうのは無理だ。ここは一旦退職して、子供さんの容態が安定すれば再就職してください。そのときは私が全力でサポートする。治療にまつわる健康保険の手続きは私がやるので信頼してくれて良い」
と伝えました。
彼女は意を決したように「分かりました」と応えました。結局、彼女が再就職してくることはありませんでした。友人が彼女に町で出会ったとき、私に解雇されたと訴えていたそうですが、そう思うのもやむをえないでしょう。

人を変える最も有効なノウハウは「自分自身が変わる」事です。

 
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