トピックス

No.388【2006年は勝負の年】-2006.1.11

更に読む...
 
Home arrow FAX情報 arrow No.1010~1039 arrow No.1010 ≪誇りに思う日本及び日本人≫-2018.4.18
No.1010 ≪誇りに思う日本及び日本人≫-2018.4.18 プリント メール
ユーザ評価: / 0
悪い良い 
2018/04/18 Wednesday 15:13:42 JST

No.1010 ≪誇りに思う日本及び日本人≫-2018.4.18 目加田博史

 

先祖の地、滋賀県愛荘町目加田で行われる春祭りに初めて参加してきました。白の肌着の上に、素襖(すおう)とよばれる白装束に着替え、寒風吹きすさぶ中を、春日神社を出発し、新築した家、結婚した家、区役員に就任した家々を、子供が鐘と太鼓で先導し、若者が担ぐ神輿と、元若者が押す神輿が村を練り歩きます。最後に、琵琶湖に注ぎ込む宇曽川に入り渡御する神事が行われます。寒さしのぎに、いたるところで振る舞い酒が出され、酒の勢いを借りて、若者は、重い神輿を担いで練り歩きます。私も飲めないお神酒をたくさんいただきましたが、寒風がひどくて、いっこうに体は温まりませんでした。こんなに寒いなら、もっと厚着をして来ればよかったと後悔しきりでした。その地方は、平安時代後期より、佐々木氏、中でも六角氏の支配地で、目加田氏は、佐々木六角氏の家臣として南近江で活躍していました。その名残でしょうか、祭りは、勇壮そのものでした。祭りに参加しながら、一族が歩んだ道筋と、日本及び日本人に思いをはせるよい機会となりました。

目加田氏は、本能寺の変で、明智側についたため、秀吉の厳しい追求にさらされ、全国に流れてゆきました。村に残った人は、姓を変え、生き残りました。宗主は知己の武将だった丹羽長秀預かりとなり、その後、内藤と改姓し、福山の水野氏のもとで生涯を終えました。その後、徳川時代になると、家康の養女(宗主の姪)が、加藤清正に嫁ぎその娘が、和歌山の松平家に嫁いだのを機に任官がかない、吉宗の将軍就任とともに江戸に移りました。幕末に国費留学生としてアメリカにわたり、帰国すると明治政府に変わっていました。アメリカの知識と人脈を買われ政府要人として活躍したのです。

本来なら、明智側についた宗主は斬首、御家は断絶になって当然ですが、有力武将の助命嘆願により、命を長らえることができたのは、日ごろのインテリジェンスの成果と言えます。戦国時代は、「今日の敵は明日の友」と言われるぐらいめまぐるしく情勢が変化するため、武将は互いに婚姻し、養子や養女の縁組で縁戚関係を作り安全保障を担保していました。
さらに、誰の旗下になるかで一族の盛衰が決まるため、常に諜報活動に励み、同盟すべき相手を偵察し分析していたようです。服部半蔵に代表される忍びの者が大活躍したのもこの時代です。
そして、教育にも力を入れて、漢文や和歌は常識的な教養として身につけていました。庶民にも読み書きそろばんを習わせ、いざという時には兵士として徴用するため文武両道で鍛錬していました。氏が生き残るにはインテリジェンスが不可欠だったのです。

戦後、憲法9条により戦争放棄し、経済大国の道を歩んできた日本及び日本人は、経済感覚は抜群ですが、「インテリジェンス」のセンスは全くと言ってよいほど身についていません。それはそれで幸せな時代ですが、身近な国が核を持ち臨戦態勢を整えて、国際社会を巻き込んだ一触即発状態の局面の時代、致命的な欠陥になるかも知れません。

それはさておき、縄文の時代から、すべての人に教育を施し、インフラを整備してきたのが日本の歩んできた道で、その最たるものが、藩校と寺子屋です。江戸時代は、260の藩に藩校があり、家臣はそこで無料で教育を受けることができました。庶民は、限りなく無料に近い費用で寺子屋に通い、読み書きそろばんを学びました。江戸後期の寺子屋は全国に16560軒を数えました。その識字率たるや、先進国のイギリスでさえ25%程度だったのに対し、日本は実に86%に達しました。日本は世界屈指の教育先進国だったのです。
一般的に、世界の支配者は、教養や知識のある聖職者や教育者や医者を処刑したり、庶民から教育の機会を奪い、読み書きさえできない国民にすることで目覚めることなく生涯を終えさせることで政権の安定を図ってきました。焚書坑儒しかり、ポルポト政権しかり。日本は、「国民を教育しない」選択肢そのものを脳内にもっていない稀有な民族で、「世界に日本があっては良かった」と言われるゆえんであり、「そんな日本に生まれてよかった」と痛感します。

それは、近代日本の属国だった台湾でも韓国でも満州でも同じで、最初に行ったのは、学校を作り、よみかきそろばんを教えることでした。そして、教育者や技術者を育成し、日本人がいなくても国家経営ができるようにしてゆきました。道路を整備し、ダムを作り、正確に税を徴収するための測量を行い、清潔な暮らしをするため上下水道を整備してゆきました。

今の政治は、週刊誌のスキャンダル記事に追随し、国会が事実確認の場になっており、本質的な議論に入らないインテリジェンスの欠如は、うんざりして怒りすら覚えますが、縄文の時代から、皆が学び、レベルアップすることでより良い社会を創造する発想しか持っていない日本及び日本人は、まだまだ捨てたものではないと思って、家路につきました。

No.1010 誇りに思う日本及び日本人.pdf 

最終更新日 ( 2018/04/26 Thursday 15:15:14 JST )
 
(C)2005 建設業経営コンサルタント 目加田経営事務所 組織活性化、売上げ向上、コストダウン、ISO取得支援、ビジョン策定のお手伝い 沖縄 大阪 京都. Powered by Mambo. Designed by MamboTheme - Mambo professional templates!