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2016/12/08 Thursday 14:49:47 JST

No.942 ≪75年前の真珠湾攻撃から学ぶこと≫-2016.12.8 目加田博史

 

75年前の今日、1941128日未明、ハワイ オアフ島の真珠湾の太平洋艦隊と基地に対して攻撃が加えられ、日米開戦が勃発しました。日本から8800Kmも離れた、日本の国力の約十倍にあたる世界最大の豊かさと技術力と工業力を持っていたアメリカに宣戦布告したのです。

ペリー来航以来、日米は兄弟のように親密でした。明治維新後の富国強兵が実現できたのも、日本の輸出のほとんどを占める生糸を、ほぼ全量買い取って、莫大な資金を日本にもたらしたくれたおかげです。ピーク時には年間4$にも達しました。1895年の日清戦争、1905年の日露戦争、1918年の第一次世界戦争の時もアメリカは友人でした。日清戦争後の仏独露による三国干渉がきっかけで日露戦争へとつながるのですが、その時もアメリカは中立でした。もちろん政治的中立と軍事的対応は別ですので、日露戦争の日本勝利により、アメリカ海軍の日本殲滅計画と呼ばれるオレンジ計画がスタートしたのも事実です。

米が険悪な状況になってゆくのは、1931年の満州事変以降です。関東大震災の時も、アメリカで国債発行が認められたおかげで資金調達し、復興ができたのです。1929年の世界恐慌の後、閉塞感を打開すべく軍部の暴走ともいえる満州事変が発生し、これを幸いと列強国によるABCD包囲網ができてしまいます。
このころアメリカ大統領に就任したのが、親中嫌日家のフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領です。糸の切れた凧状態で、暴走する関東軍の戦域拡大とアメリカとの間で様々な対立を引き起こし、ついに、その日を迎えます。

真珠湾攻撃において、アメリカ側は正確にそれを察知していたようです。50年間の封印を解き、公開された文書を分析した、加瀬英明氏とヘンリー・S・ストークス氏共著による「なぜアメリカは対日戦争を仕掛けたのか」(祥伝社刊)によると、『日本のハワイ真珠湾奇襲攻撃を察知したアメリカは空母2隻(エンタープライズ、レキシントン)を真珠湾から移動させたこと、1941/12/2 日本海軍が発した「新高山登れ1208」の暗号は、アメリカの暗号解読機MAGICにより解読され、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領に報告されたこと、12/6のハルノートに対する日本の対米覚書(宣戦布告)もMAGICで解読され、大統領に報告され、直ちにハワイ以外の司令部に伝送されたこと、ハワイのショート司令官がその報告を受け取ったのは奇襲終了後6時間後だったこと、12/7に大統領は天皇に「平和を求めている」と親電を送り偽装したこと、12/8に野村・来栖駐米大使は指示された手交時刻(奇襲時刻)を守らず、1時間後に手交したこと、ハルは全てMAGICで知っていたので、読むふりをしたあと激怒し両大使を追い払ったこと』など伝えています。

明治維新のころに、海底ケーブルがドーバーとカレー間を皮切りに、大西洋側に網羅され、その後、太平洋側に敷設されました。太平洋ルートは東京→小笠原→ミッドウェー→グアム→ハワイ→サンフランシスコです。明治維新のころから、すでに情報通信の時代に入っていたのです。この海底ケーブルを通じて暗号もやり取りされていたのです。その後の無線通信の飛躍的な進化は情報戦をさらに戦略的にものにしました。

情報戦では、日本も負けておらず、技術的には、主要な国の暗号を解読できたそうですが、それが、中央で共有され、トップの判断に生かされることは少なかったのではないでしょうか。

今年は、ありえないと思われていたイギリスのブレグジットに始まり、トランプ大統領の誕生という節目を迎えています。これまで、201212月以来、日銀による空前の量的金融緩和と、莫大な国債購入、挙句の果てに、マイナス金利の導入という禁じ手まで繰り出しても実現できなかった円安を、トランプ大統領の誕生で一気に実現してしまいました。何がおきるか、世界がどう動くか、ブレグジットもトランプ大統領も、予測できなかったエコノミストの多くは自信を無くしていることでしょう。従来の発想が土台から変わるとき、どうすれば良いか。それは歴史に学ぶことが一番です。

1929年、松下幸之助は、大規模な設備投資をして新工場を完成させた直後に、世界恐慌に見舞われました。物が売れない不況の中で、倉庫に積みあがる製品の山は資金を圧迫しました。幹部は心苦しくもリストラを具申しましたが、幸之助氏は「社員のリストラはしない。生産を半減して、全員で在庫している製品を売りに行こう」と指示しました。
このような時こそ、皆が力をわせて、ベクトルを合わせて、行動するときです。その根本にあるのが経営理念ではないでしょうか。 

 
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