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No.933 ≪琉球ロマン≫-2016.9.28 プリント メール
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2016/09/28 Wednesday 15:34:27 JST

No.933 ≪琉球ロマン≫-2016.9.28 目加田博史

 

2016920日、沖縄県立博物館・美術館は、沖縄県南城市ガンガラーの谷にあるサキタリ洞遺跡で、世界最古といえる23000年前の釣り針を発見したと発表しました。それまで世界最古といわれていたのは東チモールの釣り針ですが、今回の発見は、それを上回る歴史的発見だといえます。
このガンガラーの谷にあるサキタリ洞では、1970年ごろに、日本最古といわれる17000年前の港川原人がほぼ完全な形で発掘されています。この原人が針を使って漁をしていたのかもしれません。古さからいえば、1962年に、那覇市山下にある山下洞で32000年前の8歳の少女の大腿骨が発掘されています。

世界最古の釣り針発見の1週間後、2016927日に、今度は沖縄県勝連城跡から3世紀から5世紀に鍛造されたとみられるローマ帝国の銅貨と17世紀に鍛造されたとみられるオスマン帝国のコインが出土したと、沖縄県うるま市教育委員会が発表しました。国内では初めての出土になります。

何やら古代ロマンを掻き立てられる発見が連続して、わくわくしてきます。
勝連城は13世紀から14世紀に栄えた城で、もっとも有名な城主は阿麻和利(あまわり)です。諸説ありますが、陰謀により首里王府に滅ぼされたといいます。この時代の沖縄は、北山、中山、南山という3国に分かれ群雄割拠していたのですが、それを統一したのが佐敷を地盤としていた尚巴志で、1421年に統一事業をなし遂げています。
の頃は、それぞれの城主が中国の明を中心に東南アジア諸国と活発に交易をおこない、自国の発展のためにしのぎを削っていたと想像できます。
交易を通じて、オスマントルコのコインやローマ帝国のコインが沖縄にわたり、それが埋蔵されたのでしょう。

沖縄で最も古い歴史書は「中山世鑑」や「おもろそうし」がありますが、それまでの約1000年近くの空白の時があります。中国の古文書や日本の記録によって多少は見えてくるとはいうものの、南海の孤島にあった「琉球」の歴史がどのようなものであったのか、興味は尽きません。
秦の始皇帝により、紀元前220年ごろ、日本の派遣された徐福の墓が、和歌山県新宮市にあります。徐福は男女数千人を引き連れ、不老不死の妙薬、つまり、水銀を求めて、河北省の港から出航しました。水銀は金鉱のそばにあると信じられていました。航路は諸説ありますが、実際にはわかっていません。九州から紀伊半島にたどり着き、当時最大の黄金産地であった吉野・熊野を目指したと思われます。

一方、沖縄には神の島で有名な久高島に、アマミキヨ・シネリキヨ伝説があります。この兄妹神が沖縄を創造したとされる伝説です。数千人規模の徐福の一行が沖縄に渡来し、その圧倒的な先端技術で、島民の崇敬を得て、しばらく滞在したと考えても不思議はありません。
はハタとも読みますので、徐福の墓のある地名は、ハタスと呼ばれています。久高島にもハタスと呼ばれる地名があり、そこはアマミキヨ・シネリキヨが畑に五穀を植えたところといわれています。

2000年以上前のほうが、村単位の小さな集団が、積極的に異国と交易をして、繁栄していたのかもしれません。
アメリカの大統領選挙真っ盛りで、世界経済は混迷を極めて、激動に次ぐ激動の時代にあって、一服の清涼剤のような琉球ロマンを感じた1週間でした。

 
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