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No.911 ≪熊本地震について≫-2016.4.20 プリント メール
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2016/04/20 Wednesday 12:52:14 JST

No.911 ≪熊本地震について≫-2016.4.20 目加田博史

 

熊本地震で犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々が一日も早く安心して生活できるよう祈念しております。414日の大きな地震のあとに、余震に注意しながらも、少し横になっていた真夜中に、それ以上の大きな地震が発生すると言う恐怖は想像を絶するものです。
今回は、大きな地震が何度も発生しており、専門家でも、どれが本震か判別しづらい地震のようで、「余震」は聞きなれていましたが、始めて「前震」と言う言葉を聞きました。こころより、一日も早い平安をお祈りしたおります。

21年前の117日に大阪で体験した阪神大震災はいまだに鮮明に覚えています。早朝の546分、大きな衝撃でホテル10階の一室で目が覚めたときには、けたたましい警報に何事かとゾッとしながら、ぼんやりとした非常灯に照らし出された光景を見た時に二度ゾッとしました。枕元にあったはずのブラウン管式の重いテレビが足元に転がっていたのです。冷蔵庫をはじめ、固定されていないものはことごとく床に散乱して、足の踏み場もありませんでした。

館内放送で地震があったことはわかりましたが、それ以上の情報が全く有りません。その日は、鹿児島日帰り出張を予定しておりましたので、予定の飛行機に乗らねばならないという一心で、ホテルのスタッフに事情を説明し、危険だからと制止するスタッフを懸命に説得して、やっと部屋に戻り、着替えて空港に向かいました。

ホテルを出たのはいいのですが、鉄道もバスも不通で、タクシーもつかまりません。やっとの思いでタクシーを捕まえて空港に向かいました。ドライバーに、何があったのですかと聞いてみたところ、「神戸で大きな地震があったみたいです」、被害はどうなんですかと聞くと、「どなたも亡くなっていないみたいですよ」ときいて、良かったですね、と二人で喜びました。

それが、あのとてつもない大惨事だったと知ったのは、鹿児島空港に着いてからでした。心配しているだろうからと妻に電話するのですが、一向にかかりません。結局、電話が通じたのは、大阪に戻ってからでした。
妻は沖縄から実家や里、兄弟姉妹、友人知人の家に片っ端から電話しても通じないので、心配で心配で心臓が止まるかと思ったと涙声で語ってくれました。

この地震で、携帯電話が一気に普及しました。その後、SNSの普及に加え、東日本大震災の教訓からLINEが生れました。様々な工夫と改善で災害に対する備えは比較にならないほどよくなってきています。それでも、熊本地震のように、今まで経験したことのないような地震がおきると、対応が後手後手に回ってしまいます。
私たちにできることは、これら天災地変を忘れず、それを明日はわが身と受け止めて、尊い犠牲を教訓に変えて、よりよい社会をつくる一助になることです。そして、私も自分ができることを末永く継続してゆきたいと思いを新たにしております。

 
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