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No.1026 ≪終戦記念日に思う≫-2018.8.15

No.1026 ≪終戦記念日に思う≫-2018.8.15 目加田博史

 

先週はメールマガジンをお届けできませんでしたので、今週は2週分のメールマガジンをお届けいたします。長文になることをお許しください。

今日、8月15日は、73年前に日本が敗戦した日です。だれも、どこの国も「戦争」は正当化できませんし、起こしてはいけません。「戦争」に正義などありません。それにかかわったすべての人を不幸のどんどこに突き落とします。そして、一旦起きてしまった戦争を終結する難しさは想像を絶します。
一般的に、8月15日は終戦記念日と呼ばれていますが、この日は、玉音放送を通じて、昭和天皇が国民にポツダム宣言を受諾し無条件降伏をしたことを公表した日です。この放送は、日本国内はもとより中国・満州・朝鮮・台湾等の日本の実効支配地においても放送されました。
そして、正式に降伏したのは、横須賀沖のアメリカ海軍の戦艦ミズーリ号上で、政府全権の重光葵外相と軍部全権の梅津美治郎参謀総長が降伏文書に調印した9月2日です。
この日から合法的な占領統治が始まり、1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効により終了しました。日本は独立を果たしたのです。
(実質的占領は1945年8月30日に厚木飛行場にマッカーサーが到着した時が始まりで、終わりは、1951年7月20日に日本政府にサンフランシスコ講和条約への招待状が届いた日だと思います)

敗戦のプロセスで、日本は多くの連合国側の人々に救われています。これらの外国人の名前を忘れてはいけないと思っています。
一人目は、結論ありきで、罪名が決まってから、そのための法律ができたともいえる1946年から始まった東京裁判で、日本の無罪を主張したインド人のラダ・ビノード・パール判事です。
パール氏は無罪の理由として次のように語っています。「日本が戦った大東亜戦争は正義の戦いだった。日本は国際法違反をしていない。経済封鎖は宣戦布告と同義である。先に経済封鎖は行ったのはアメリカである。」
もう一人の恩人は、東京裁判で日本人戦犯を弁護したアメリカ人弁護士、ベン・ブルース・ブレイクニー氏です。
ブレイクニー弁護士は「真珠湾攻撃が殺人というなら、広島・長崎の原爆投下は殺人ではないのか?」と論陣を張りました。
連合国側の敗戦処理を合理化する必要性から開設された東京裁判所は、裁判という形式はとっているものの、各国の国益がぶつかり合い、正義が歪曲され、都合よく合理化される現場で、多勢に無勢の中にあって、明確に、日本の立場を主張してくれた2氏の勇気に敬意を表したいと思います。

もう一人は、スリランカ(当時セイロン)のジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏です。1951年9月8日のサンフランシスコ講和条約で、ソ連のスターリンは日本分割論を主張してきました。時あたかも、米ソの代理戦争ともいえる朝鮮戦争中です。その内容は、北海道から東北まではソ連、関東甲信越・中京・北陸はアメリカ、四国は中国、中国地方と九州はイギリス、近畿はアメリカと中国の共同統治という5分割統治案です。
そして、朝鮮戦争は最終局面に差し掛かっており、日本がサンフランシスコ講和条約への招待状を受け取る10日前の1951年7月10日に休戦会議が始まっていました。戦勝国の米ソの思惑が入り乱れる激動の時期だといえます。
スターリンの主張に対して、スリランカ(当時セイロン)代表のジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ蔵相(後の大統領)は、「日本の掲げた理想に、独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」と演説し、この分割統治案が回避されることになりました。スターリンの一方的な主張が通る環境は乏しかったかもしれませんが、領土問題は各国の国益の象徴ですので、事と次第ではどうなっていたかと考えると、恐ろしい話です。この危機を回避してくれた恩人はスリランカ(旧セイロン)のジャヤワルダナ氏です。

戦争という異常心理の中で、敵味方にこだわらず、利害を乗り越えて、何が正しいかと真実をみつめ、信念を貫き通した外国人の恩人に感謝したいと思います。
さて、敗戦を巡っては、8月14日に起きた陸軍省の一部幹部による戦争継続を目的としたクーデター事件で宮城が占拠されている中で、隠密裏に玉音放送の録音がなされ、その録音盤が持ち出されNHKを通じて放送されました。関係者それぞれが、命がけで自分の信義を貫いて行動しました。何か一つでも、歯車が狂っておれば、おそらく、今の日本はなかったでしょうし、もっと悲惨な状況になっていたかもしれません。
8月14日正午から翌日の正午までの24時間の出来事を描いた半藤一利著「日本のいちばん長い日 決定版」(文春文庫)は、敗戦前夜のそれぞれの立場の人々のとった行動を、綿密な取材と関係者の手記をもとに詳細に記録されたドキュメンタリーで、映画にもなりましたのでご存知の方も多いと思います。興味のある方はご一読ください。

天皇がラジオを通じて国民に語りかけるという前代未聞の方法で敗戦を公表された玉音放送の内容は以下の通りです。(外務省ホームページ掲載文より現代語訳)

「私は、深く世界情勢と日本の現状を考慮し、非常の手段でこの時局を収拾すべく、忠実なる国民に報告する。
私は、政府に対し、『アメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に、ポツダム宣言を受諾すると伝えよ』と指示した。
そもそも、日本国民が平穏に暮らし、世界がともに繁栄する喜びを共有することは、歴代天皇の遺した教えであり、私も常にその心構えで努めてきた。
アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、日本の自立と東亜の平和を願っての事であり、他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりすることは、もとより私の意志ではない。
しかしながら、戦争はすでに4年の長きにわたり、我が陸海軍の将兵が勇敢に戦い、多くの役人たちも職務に励み、一億国民も努力し、それぞれが最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は一向に好転せず、世界情勢もまた日本に不利である。
それだけではない。敵は新たに残虐な爆弾を使用して、罪のない人々を殺傷し、その被害は測り知れない。
なおも戦争を続ければ、我が民族の滅亡を招くだけでなく、ひいては人類の文明をも破壊してしまうだろう。
そのようなことになれば、私はどうして我が子のような国民を守り、歴代天皇の霊に謝罪できようか。
これが、共同宣言に応じるよう政府に指示した理由だ。
私は、東亜の解放のため日本に協力してくれた友好諸国に対し、遺憾の意を表明せざるをえない。日本国民も、戦死したり、職場で殉職したり、悲惨な最期を遂げた人々及びその遺族のことを考えると、身も心も引き裂かれる思いだ。また、戦争で負傷し、戦禍を被り、家や仕事を失った者の厚生に、とても心を痛めている。
思うに、これから日本はとてつもない苦難を受けるだろう。国民の悔しい思いも、私はよくわかっている。
しかれども、時運の趨勢を考えると、耐え難きを耐え、忍びがたきを忍び、未来のために平和を実現してゆこうと思う。
私はここにこうして国体を護り、忠義で善良な国民の真心を信じ、心は常に国民とともにある。
もし、感情的になって争い、同胞同士がいがみあって、国家を混乱に陥いらせて、道を誤り、世界から信用を失うことは、私が最も懸念し、戒めるべきだと考えていることだ。
国を挙げて家族のように一致団結し、この国を子孫に受け継ぎ、神国日本の不滅を固く信じ、国の復興と繁栄の責任は重く、その道のりは遠いことを心に留め、持てる総ての力を将来の建設に傾け、道義心を大切にし、志を固く守り、国の真価を発揮し、世界に遅れをとらないよう努力しなければならない。
あなた方は、これが私の意志だとよく理解して行動してほしい。」

この詔勅は、安岡正篤をはじめとした権威ある学者が極秘に招集され、閣議室の近くに待機しながら行われました。閣議で陸軍の抵抗が強く、何度も文言修正され、その度に学者が検討し、一分一秒を争う中で、やっと完成したのは8月14日夜の8時30分でした。
すぐさま清書され、昭和天皇による録音は夜の11時50分に終わりました。ところが、反乱軍が録音に気づき、録音盤の探索を始めたのが8月15日未明。その後、NHKの関係者は会長はじめ放送技師までが反乱軍に拘束されてしまったのです。途中機転を利かせて、宮内庁職員の徳川侍従長に録音盤の保管を依頼していたので、事なきを得ました。その後、刻一刻と変化する情勢の中、あの正午の玉音放送にこぎつけたのでした。

玉音放送の詔勅の中に出てくるポツダム宣言は、日本の無条件降伏を要求しており、一切の妥協は認めない主旨が記されています。全文は以下の通りです。(外務省ホームページより、現代語訳)

1.合衆国大統領、中華民国政府主席およびイギリス総理大臣は、自国の数億人の国民を代表して協議した上で日本国
   に対し、 今回の戦争を終結させる機会を与えるということで意見が一致した。
2.合衆国、英帝国および中華民国の巨大な陸、海、空軍は西方から自国の陸軍および空軍による数倍の増強を受け日本
    国に対して最終的な打撃を加える態勢を整えた。右軍事力は日本国が抵抗を終止するまで同国に対して戦争を遂行
    する一切の連合国の決意によって支持され、かつ、鼓舞されているものである。
3.覚悟を決めた世界の自由な人民に対抗するドイツ国の無益かつ無意義な抵抗の結果は、日本国国民に対する先例を
    極めて明白に示している。現在、日本国に対して結集しつつある力は、抵抗するナチスに対し適用された場合において
    全ドイツ国人民の土地、産業および、生活様式を必然的に荒廃に帰せしめたのに比べ、計り知れないほどにさらに強大
     なものになるぞ。我らの決意に支持される我らの軍事力の最高度の使用は、日本国群体の不可避かつ完全な壊滅を
     意味すべく、また、同様必然的に日本国本土の完全な破滅を意味する。
4.無分別な打算によって日本帝国を滅亡の淵に陥れたわがままな軍国主義的な助言者によって日本国が引き続き統制
    されるべきか、あるいは理性の道を日本国が進むべきかを日本国が決定すべき時期が到来した。
5.我らの条件を述べる。我らは条件を絶対に離脱しない。これに変わる条件は存在せず、我らは遅延を認めない。
6.我らは無責任な軍国主義が世界より駆逐されるまでは平和、安全、および、正義の新秩序が生じ得ないことを主張する。
    従って、日本国国民を欺瞞して世界征服の暴挙に出る過ちを犯させた者の権力と勢力は永久に除去する。
7.右のような新秩序が建設され、かつ、日本国の戦争遂行能力が破壊されたことの確証が得られるまでは連合国の指定
   する日本国領内の諸地域は我らの指示する基本的な目的の達成を確保するために占領されるべきだ。
8.カイロ宣言の条項は履行されるべきで、また、日本国の主権は本州、北海道、九州および四国と我らの決定した島嶼に
   限定されるべきだ。
9.日本国の軍隊は完全に武装を解除された後、各自の仮定に復帰し平和的かつ生産的な生活を営む機会をえさせるべきだ。
10.我らは日本人を民族として奴隷化しようとしたり、または、国民として滅亡させようとする意図を有するわけではないが、
     我らの捕虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加える。日本国政府は日本国国民の間に
     おける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去すべきだ。言論、宗教、思想の自由、ならびに基本的
     人権の尊重は確立されなければならない。
11.日本国はその経済を維持し、かつ公正な損害賠償の取り立てを可能にするように産業を維持することを許される。
     ただし、日本国に戦争のための再軍備をさせるような産業はこの限りではない。右の目的のための原料の入手、
     (原料の支配は含まない)を許可される。日本国は将来世界の貿易関係への参加を許される。
12.前期の諸目的が達成され、かつ、日本国国民の自由に表明された意思に従って平和的な傾向を有し、かつ、責任ある
    政府が樹立された場合には、連合国の占領軍はただちに日本国より撤収する。
13.我らは日本国政府がただちに日本国軍隊の無条件降伏を宣言し、かつ、右行動における同政府の誠意によって
     適正かつ十分な保障を提供することを同国政府に対し要求する。右以外の日本国の選択は、迅速かつ完全なる
     壊滅があるだけだ。

私達は、たとえ、年1回でもよいので、民族の歴史を学び、そして「今」という平和な時代を残してくれた多くの恩人や先達に感謝し、「今」を生き切らないといけないと思います。

No.1026 終戦記念日に思う.pdf 

 
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